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内田百閒著「東京焼盡」を読む

文庫版の解説文に
《「東京焼盡」は昭和19年11月1日に始まり翌昭和20年8月21日に終わっている。巻頭の「序二代心覚」の第一部に「本モノノ空襲警報が初メテ鳴ッタノハ昭和19年11月1日デアル」とある。その日を第一日として翌年8月終戦直後の21日まで約300日の日記である。》とある。
東京の街に警戒警報や空襲警報が昼となく夜となく鳴り続き、著者はその中でそのための準備をし、寝床からたたき起こされ夜空を眺める日が続く。
警報が解除になって床につくも、又しても警報に起こされる日々。
ラジオが敵機の進路を告げると、それが大阪だったり仙台だったりした時は安心して床に入る。
配給の食べ物が無くなっていき、ついに腹をこわし体調も悪くなっていく。
東京も爆撃で焼かれていき、著者の家もついに焼けてしまう。
その中で著者は常に周囲の人々の善意に助けられ酒や麦酒の調達を受ける。
涙ぐましい喜びようと酒を恋うる姿が生々しく迫ってくる。
二畳の小室に住みついて嘱託の会社に出社する時に目にする焼け野原を克明に描いていくが、焼死体を見ても瓦礫の山を見ても、その描写は筆圧が同じなのに驚るばかりだ。
飛行機がいつも富士山の左側を通ってやって来ると言う描写にはつい笑ってしまう。地方性がつい出てしまう。
福井、新潟といった地名を知っている都市が殆ど焼けてしまったと言う文章で、なるほど小松左京の「日本沈没」のヒントはこのあたりにあったのかと思ったりもした。
8月9日には既に広島に原爆が落とされていたことを知り、娘さんに「B29が落としたのだから東京にも来るらしいから、その時は気を付けるよう」と言われたことは、何と言ったら良いのか。
苦難の日が終わり新たな苦難の日々が始まる時の記録である。

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