シルバーパワーが元気なお見合いパーティー

連休の真只中。高速道の大渋滞が連日TVで放映されています。働き蜂の休暇が集中して、ETCを車載している車の1000円均一が功を奏し、行く所が決まっていれば渋滞は自然と起きるもの。
判っていながら、出来るだけそれを避けようと時間帯を変えようとするが、皆同じような事を考えるので、同じ時間が混んでしまう。
いかにしても狭い国土だから逃げようがないのですね。
そんな中で、今日もお見合いパーティーが開かれています。
男性65才以上。殆どが男性は70才代です。一人でも多くカップルになってほしいものです。
カップルになって遠出は出来ないでしょうが、近場で思いっきり散財ほしいものです。
シルバーパワーが元気になって世界を動かして欲しいものです。

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晩春から初夏へと舞台が変わりました

4月も終わりに近づき、ゴールデンウィークが近づいてきました。
季節のうつろいが見る間に過ぎて行き、晩春から初夏へと舞台が変わってきています。
街路樹の銀杏もいつの間にやら、びっしりと若葉を茂らせて風にゆれています。
事務所は7階にあるので、そこから見下ろすと新御堂筋の車の流れとか、地下鉄の電車などが繰り返し繰り返し行き交っています。
犬を連れた人とか自転車に乗った人とか、小さな子供を連れた家族とか、カップルとかが、無言の姿で通り過ぎて行きます。それぞれの人影がそれぞれの人生を生きていく姿です。
淀川の向こうにはビルの風景が街の喧騒を無言にして広がっています。
窓越しにしてみるとそうした書割の一つ一つが、それぞれに生命を持っている事がわかります。
風がゆっくりと流れて行きます。

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京都へ花見と洒落てみた

寒さが戻った一日、京都へお花見と洒落てみた。
知恩院の駐車場に車を入れて新橋通りを西へ。辰巳大明神前の新橋と巽橋から白川にかかる桜はほぼ満開。
枝垂れ桜の色は心持ち濃く、花柄は小さいながら水の流れに落ち込む姿は背景のお茶屋によく映えて、時代を忘れさせる趣がある。
三々五々と行き交う観光客が競ってカメラを向け笑顔を残していく。
大和大通りをぶらぶらと歩き、建仁寺へ。
花見小路へ出ると都おどりの看板が華やぎを増す。先日盗難にあった仏像も何もなかったかのように収まる。寺の方丈の濡れ縁に座って、しばし時の流れを忘れるような庭々をながめる。
帰路、山科の醍醐寺へ。いつ来てもその見事な花は素晴らしい。枝垂れ桜はすでに満開に近いが、他は3分から5分咲き。全山が花に埋まる時は、さぞかし素晴らしいだろうと思いながら寺をあとにした。

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啓蟄も半ばになりました

啓蟄も半ばになって、桃が笑ったり葉虫が蝶になったりして、春が本番になってきました。
年々歳々自然の繰り返しが同じようでありながら、少しずつ違った現れ方をしています。
今年は桜の開花が例年より早くなったとか。
寒さの中ではどうしても行動力が半減して、すぐに炬燵にもぐってしまう風習になってしまうものだが、どうやらそれもとれそうになってきました。
そうなると、今年は何処と何処にしょうかなどと今から花見の予定などを考えます。
のんびりと花見のことなど考えながら、これから先どれくらい花見ができるのか考えると愕然とします。
一年一年、余命が削られて行くと思うと、毎日毎日が取り返しがつかない時の流れの中にあるのだという思いが湧き上がります。
生命の流れの中の一コマだからでしょうか。毎年毎年このように過されるのでしょうか。

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山本義隆著『磁力と重力の発見』読む

1・2・3巻、全22章という大作である。
著者が《あとがき》で述べているように、「古代から近代にいたるまでの自然思想史のようなもの」である。
門外漢であったわたしには、本書に述べられている何分の一が判ったか、全く判らないのが実態である。
近代物理学誕生は、「力概念の確立にあるということが、かなりはっきりと見えてきたのであり、それゆえ力認識の変遷を軸に歴史を見直す」という観点からこれは書かれている。
膨大な科学史の中から、空想とか迷信、神秘論に流れるものを丁寧に排除しながら、認識の領域を確立していく作業はダイナミックで瞑目に値する。
ニュートンでさえ万有引力の発見した一時期を除いて神秘主義や機械論から逃れられなかった事などや、錬金術から逃れられなかった事などは、全くの驚きであった。
化学の発展の中で、前進後退を繰り返しながら現代科学への道を辿った事柄が、観点を変えながら述べられていく。
山本義隆といえば、あの山本義隆氏でもあるのだ。

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立花隆著「天皇と東大」を読んだ。

「明治」国家において、そもそもなぜ大学が作られたのかというと、明治国家の初期の国家目標、「日本を西欧先進国家と対等に付き合える近代国家に一刻も早く仕立て上げる」を達成するためだった。
大学はそれに必要なあらゆる知識とテクノロジーを輸入して、それを日本国民に習得させるための教育機関であり、さらにはそういった知識とテクノロジーを国内で再生産していくことを可能にするだけの人材を恒常的に育成し、それを回転させていく機関でもあった。
この大学のもつ意味と1868年の王政復古によって起きる天皇中心主義による明治憲法制定による思想とが陰に陽にからまりながら、ついに満州事変より急坂を転がり落ちるように敗戦に向かっていく姿が克明に描かれていく。
それには参考文献の膨大な数を見れば判るように、今では忘れ去られたような人物たちが血肉を得て信ずる所の正義を発露していく姿、軍部ファシズムの勃興と右翼の跋扈とが翼賛の嵐を巻き上げながら世論を押し上げていく姿が繰り返し繰り返し織り出されていきます。
立花の言うように明治維新から1945年までの歴史は「面白い」と言う言葉で表されているが、その中身の何と凄まじい物事であった事か。
「世界が断絶と継続の二重折の世界」として見えてくるが、それが「今」に繋がっているのだ。

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正岡子規の「墨汁一滴」を読む

子規の死に至る前年に寝返りも出来ぬ身で書かれた随筆である。《筆禿びて返り咲くべき花もなし》躰が躰である事を止めつつある時に思い浮かぶことを書き綴った記録である。
関羽が手術を受ける時に本を読んで居る所を見て関心をしていたが、読書をして痛みをごまかしていたと得心したり、達の字の下の処の描写は三本にして二本非ずとか、切の字の扁は七で土扁ではないなどととく。
平賀元義の万葉調の歌を褒めながら落合直文の歌を執拗にに攻め続ける。
その中で肺が痛み腹が痛む。痛みのある日々の中で子規は色々の物事に関心を示す。
だが、それは通常人の生活とはおよそかけ離れて物苦しくなっているはずではあるが、現される文章はその陰を見せない。
人は死ぬるまで、それが尋常なもので物のありようも何ら変わらぬものとしてしか現わしようがないものなのだ。
苦闘する姿と平板な日常とが何の矛盾もなく隣り合わせで同居し得る。
それはしかし、子規の強い精神性があってはじめて同居し得るものでもあろうか。
《いたきの癒ゆる日知らに庭べに秋草花の種を蒔かしむ》

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私たちの未来は不確かな事々への対応で決まる

新しい年がめぐり来て、また新しい一日が始まって行きます。一日として同じ場所に居ないにかかわらず、同じ目線で物事を視ていくおだやかさは何でしょうか。
午前4時44分頃、ニューギニア地方で起きたマグニチュード7.5の地震による津波注意報が報じられています。
まだ報じられない災害が既に起こっているのです。知らされなければ、私たちに何の関係もない一事として見過ごされてしまうでしょう。
私たちの生活はつまるところ知ってしまった事、知らされた事などの中から何をどうやって活かして行くかにかかっています。
これから起こるであろう事々に、いかに対応できるかが私たちの未来を決めていく指針になっていきます。
それは、私たちに与えられたチャンスであると同時に襲い掛かってくる危機でもあります。
そうした不確かな事々にその都度首をすくめてやり過ごすか一つ一つを丁寧に対処して行くかは、今後大きな流れを作れるか否かになって行くと思います。
一日として同じ日がない事を思うならば、その一日を取り返しのきかない一日として対処していかなければならないことは明らかな事でしょう。

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内田百閒著「東京焼盡」を読む

文庫版の解説文に
《「東京焼盡」は昭和19年11月1日に始まり翌昭和20年8月21日に終わっている。巻頭の「序二代心覚」の第一部に「本モノノ空襲警報が初メテ鳴ッタノハ昭和19年11月1日デアル」とある。その日を第一日として翌年8月終戦直後の21日まで約300日の日記である。》とある。
東京の街に警戒警報や空襲警報が昼となく夜となく鳴り続き、著者はその中でそのための準備をし、寝床からたたき起こされ夜空を眺める日が続く。
警報が解除になって床につくも、又しても警報に起こされる日々。
ラジオが敵機の進路を告げると、それが大阪だったり仙台だったりした時は安心して床に入る。
配給の食べ物が無くなっていき、ついに腹をこわし体調も悪くなっていく。
東京も爆撃で焼かれていき、著者の家もついに焼けてしまう。
その中で著者は常に周囲の人々の善意に助けられ酒や麦酒の調達を受ける。
涙ぐましい喜びようと酒を恋うる姿が生々しく迫ってくる。
二畳の小室に住みついて嘱託の会社に出社する時に目にする焼け野原を克明に描いていくが、焼死体を見ても瓦礫の山を見ても、その描写は筆圧が同じなのに驚るばかりだ。
飛行機がいつも富士山の左側を通ってやって来ると言う描写にはつい笑ってしまう。地方性がつい出てしまう。
福井、新潟といった地名を知っている都市が殆ど焼けてしまったと言う文章で、なるほど小松左京の「日本沈没」のヒントはこのあたりにあったのかと思ったりもした。
8月9日には既に広島に原爆が落とされていたことを知り、娘さんに「B29が落としたのだから東京にも来るらしいから、その時は気を付けるよう」と言われたことは、何と言ったら良いのか。
苦難の日が終わり新たな苦難の日々が始まる時の記録である。

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水村美苗著「日本語が亡びる時」を読みました

水村美苗著「日本語が亡びる時」(英語の世紀の中で)を読みました。これは著者の憂国の情の発露の書といえる。
このままだと世界語即ち<普遍語>としての英語が席捲してき、日本語が累卵の危機に襲われていくことを解析していく。
アメリカに14年間生活しながら英語に馴染めなかった著者だから、英語が世界に占める位地が見えたのだと考えられる。
あまりに英語に堪能だとあたりまえすぎて、英語とは何かを考えなかったのではないか。
これから世界語としての英語<普遍語>になっていく過程を考察していく。
それと同時に日本語の未来と現在と過去に眼を移しながら、日本語の特異性を洗い出す。
日本の地理的位地が幸いして、英語圏に飲み込まれることなく真名字に対する仮名字を発明しながら独自の文化を作り、日本文学という世界の中で「主要な文学」と見られるものを作っていきながら、それも独自性としては歴史的幸運に恵まれたものであったことを解明。
明治維新の時に列強が自国の問題を抱えて日本を支配下に置く機会を得られなかったことで、<現地語>になり下がることを辛うじてまぬかれた事。
その中で非西洋圏のどこよりも早く<国民文学>が出来、英語に支配されない国語を守ってきたこと。
そして、それは<叡智を求める人>が読み書きを守ってきたことなどが述べられている。
ただそうした努力も少しの油断などで急速に<普遍語>に飲み込まれていく危惧をこれでもかこれでもかと訴えていく。
しかし、この危機意識は<叡智を求める人>にみる選者意識が過剰な著者の弱点として現れているものと思えるものだ。
だとしても深く考えを廻らせた好著であることに変わりはない。

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しあわせ屋どっとこむ

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